撮り鉄ブログ

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カツミの20系客車の室内灯をLED化

オリジナル(ナハネフ22)
コンパートメントの室内を作り込んでいるので明るい部屋と暗い部屋が。。。

50数年前、おそらく中高校生ぐらいの時に購入した、カツミ模型店の20系を久しぶりに取り出してみたら、窓ガラス(といっても透明プラスチック板)が外れていたり、室内灯が(球切れで)点灯しなかったり・・・と不具合が見つかり、修理と合わせて室内灯をLED化することにしました。

以前ネットで見つけた「夕庵式」という、定電流ダイオードを使う方式を参考にさせてもらったのですが、オリジナルで導光棒として使われているタミヤのプラスチック丸棒がHOサイズに適用すると途中で次第に黄色がかってきて(LEDから距離が離れるにつれて短波長側が減衰して黄色っぽい色になる)使えないので、DIYショップで3mm角のアクリル棒を購入、導光棒として使うことにしました。

室内灯作成手順

室内灯の作成手順は上図のとおりで、光の散乱用のキズについてはLEDから離れるにつれて間隔を詰め、多少深めにキズをつけるといった感じで10カ所程加工します。キズの間隔については理論的な裏付けがある訳では無いですが、30mmから12.5mmまで2.5mmずつ短くする「等差数列」としています。
また、導光棒の長さは基本的には「車体長さ」-「LED取り付け部長さ」ですが、私の場合後述の理由で200mmとしました。

回路図

回路は上図のとおり最低限の部品を並べただけで極めてシンプルですが、HOの場合はスペース的には余裕なので、チラつき防止用に電解コンデンサくらい追加しても良いかもしれませんね。

この20系客車、購入当時はそれが当たり前だったのですが、室内は何の作り込みも無く、ガランとした箱に2灯の室内灯がついているだけでした。
そこで20年程前に一念発起、ペーパーでコンパートメント仕切りやベッドを作り込んだのですが、実はこれが邪魔になってLED照明取付の一番の障害となってしまい、上述の200mmという中途半端な長さや、LED反対端部の45度カットはこれが原因です。

これはナハネ20 多少の明るさムラはあるけど、まあ許容範囲

思わぬところで自分で蒔いた種に苦労することになった訳ですが、まあ結果は上写真のとおりで、苦心して作り込んだ室内も明るく照らされ、おまけに消費電力は激減、費用も1両辺り150円足らずと、満足度の高い工作となりました。

遅ればせながらKYOTRAM乗車と嵐電撮影

帷子ノ辻 北野線ホームに停車中のKYOTRAM
この日は1号と3号が北野線で運用されていた

2025年の運用開始なので相当今更感はありますが、新型車KYOTRAMの初乗車と撮影を兼ねて、嵐電に行ってきました。これから夏に向かって猛暑も予想されるので、特に撮影は今のうちに・・・といったところですね。

太秦広隆寺

平安遷都1200年(1994年)登場のレトロ調26形 このシーンには良く馴染む

先ずは京都地下鉄の山科駅で「地下鉄・嵐電 1dayチケット(1300円)」を購入、太秦天神川で嵐電に乗り換え、太秦広隆寺の門前で撮影タイムとしました。
実は広隆寺の門前をKYOTRAMが走行するシーンを期待したのですが、途中の入出庫が無ければ計算上は運用車両が一巡確認できる40分程待ってもKYOTRAMは現れず、本館の江ノ電ラッピングの613(結構似合いますね。。。)とレトロ調の26などを撮影し、ここに居ないなら・・・ということで北野線に向かいました。

北野線でKYOTRAM撮影+乗車

国道162号線をアンダークロスして宇多野駅に到着するKYOTRAM

KYOTRAMは現在3両あるので、嵐山本線に居ないなら北野線に1両ぐらいは居る筈との予想で、帷子ノ辻から北野線に乗り換えます。乗り換えた電車はKYOTRAMではありませんでしたが、鳴滝駅ですれ違った電車は予想通りKYOTRAMで、先ずは宇多野駅の鳴滝寄りにある国道との交叉でKYOTRAMを撮影します。
本館キャプションどおり、交叉部分の金網フェンスは私の身長では両手を伸ばしたぐらいでは全く届かない高さがあり、①フェンスの下の手摺の上に立って撮影する、②金網越しに撮影してみるの2つを思いついたものの、国道には結構車通りも多く、①で不審者通報されたり、足を滑らせて転倒でもしたら大変なので、ここはもうダメモトで②で撮影したところ、神様のご加護(というか光学的効果?)でそれほど気にならない写真が撮れた訳です。

次にやってきた電車も上写真のようにKYOTRAMだったので、今度は乗車。1日乗車券を買っているので北野白梅町まで行って帷子ノ辻まで折り返し、KYOTRAMの初乗りを堪能しました。

落ち着いた照明でシートも快適な車内

ブルーリボン賞プレートは見当たらなかったけど・・・

それにしても嵐電、特に嵐山本線は本当に混んでますね・・・ 平日でも朝の時間帯と15時以降は2両運転されているようですが、私の乗った昼間の時間帯は1両で、ちょっと乗り降りが大変なほどでした。。。今は運転手が確認している運賃の収受方法など、もう少し改善されると良いのですがね。

ちょっと気が利かない、AIのトラブルシューティング

お気に入りのFaviconが地球儀マークに・・・

5月頃からマイクロソフトのブラウザ Edge のお気に入りアイコン(Favicon)が、起動時は正しく表示されるのに、しばらく使っていると地球儀マークになってしまう・・・というトラブルが起こるようになりました。

自分でもEdgeのキャッシュのクリアや修復(再インストール)などいろいろやってみたのですが解決しないので、マイクロソフト提供の Copilot君(AI)を使ってトラブルシューティングをしてみました。

いろいろやりとりして、推定原因は「EdgeはFaviconもクラウド同期しているので、この同期データが壊れているのでは?」ということになり、「流石、論理的な推論やなあ・・・と感心していたのですが、Copilot君 の指示でいくつか処置するものの結局解決せず、見てくれは気になるものの閲覧ができない訳ではないので、一旦解決を断念してしばらく様子見することにしました。

その後、私以外にこの問題で困っている人は居ないのか、フォーラムなどを検索すると、なんと Favicons for bookmarks broken since Edge v149 update | Microsoft Community Hub といった記事がいくつもあるではありませんか! 
そこで再び Copilot君 に「これはEdgeのバージョンによる問題ではないの?」と鎌をかけててみたら、「複数の信頼できる情報源で、Edge v149 系列で favicon が壊れるバグ が報告されています。」との回答が・・・ 今の Copilot君のご託宣は「Edgeのアップデートによる修正待ちが最も現実的で確実な対応」ということになっています。

聞かれたことには誠実に答えるけど、聞いている背景を推察して最適解を出すというのは未だ難しいのかなあ・・・ 「それ知ってるんやったら先に言ってよ」とツッコミを入れたくなるトラブルシューティングでした。ちなみに本件はまだ未解決です。。。

追記

7月3日にリリースされた Edge のv150で、faviconの問題は解決したようです。やれやれ…

比叡山大横断の標高分析をしてみた

標高の垂直移動を表したグラフ 右が東、左が西で並べてある
手段の変更箇所を明確にするための余白を入れたので、横の距離スケールはあくまで参考

国土地理院の地図サービスでは前記事でご紹介した赤色立体図航空写真を始め、様々な地図表記のサービスに加え、距離の測定など幾つかの付帯ツールが提供されています。今回は断面図の作成ツールを使って、先日の比叡山大横断を標高の観点から分析してみました。我ながら向学心旺盛というか、暇というか。。。
因みに断面図ツールは地図上の2地点間の直線的断面だけではなく、線路や道路など曲線を含む線を辿ることもできるので、鉄道、ケーブルカーなど地図上の様々な場所の断面標高を知ることが出来ます。ただし、ロープウェイなど移動経路が地形に依存しないもの、トンネル、橋梁などの人工構造物は反映されず、山や谷の地形そのものが表れる様になっています。

当日の垂直移動分析

冒頭グラフが当日の工程を標高で辿ったもので、、、

  1. 先ずは標高170mから655mまで一気にケーブルで上がる。(注:この文中の標高は地図での読み取りなので、パンフなどに記載の公式文書の数字とは若干の差異がある。)
  2. ケーブルを下車後、徒歩での延暦寺参拝。後半の東塔や阿弥陀堂は根本中堂などより高いところにあるため、少し凸になっている。
  3. 延暦寺バスターミナルから比叡山頂に向かうバスでは、乗車直後に凸があるが、これは東塔バス停に向かう途中のトンネル。
  4. 山頂付近のガーデンミュージアム比叡の散策では後半にピークがあり、断面図のこの日の最高標高は約834mだったが、実際にはこの辺りで展望閣の3階まで上がったので、840mは超えていたと思われる。
  5. その後、叡山ロープウェイで823mから683mまで下り、さらにケーブルカーで829mから127mまで下った。

・・・というのが当日の垂直方向の移動ということになり、このグラフでの上下移動は707mでした。ただ、ケーブルカーとロープウェイに乗るのが主目的だったので当然と言えば当然ですが自分の足で稼いだ上下動は80m程なので、あまりエクササイズにはなってないですね。。。

坂本ケーブル vs 叡山ケーブル

坂本ケーブルと叡山ケーブル 
比較のため、このグラフは山麓側が左になるように揃えてある

坂本ケーブルと叡山ケーブルを比較したのが上のグラフです。
叡山ケーブルは山麓側は坂本ケーブルより低く、逆に山頂側は坂本ケーブルより高く、より大きな高低差を短い距離で結んでいることが分かります。一方で坂本ケーブルには凸として表れるトンネルや凹として表れる橋梁が多く、複雑な地形に対応して建設されたことがわかります。

だからどうした・・・と言われれば返す言葉も無い訳ですが、ま、小学生なら夏休みの自由研究の1ページぐらいにはなりそうで、タイトル「一目でわかる、比叡山のケーブルカー比較」ってのはどうでしょうね。

比叡山大横断

凹凸が良く判る国土地理院の赤色立体地図で見た比叡山
右の黒線がが坂本ケーブル、左の黒線が叡山ケーブルとロープウェイ(細線)

以前から「いつかはやってみたい・・・」と思っていた、ケーブルカーを乗り継いで比叡山を超えて京都に行くというのをやってみました。特に京都側の叡山ロープウェイとケーブルは今回が初めての利用です。

先ずは坂本ケーブルで比叡山へ

京都側、大津側どちらからスタートするかですが、歴史的には比叡山延暦寺の表参道は坂本の日吉大社横からに上がる本坂(ほんざか)なので、今回は東側の坂本ケーブル(正式名称は比叡山鉄道)からスタートすることにします。まあ、家から近い、山を降りた後、京都で旨いもので一杯・・・という俗な理由が本音ではありますが。

ケーブル坂本駅 左手のバスはJR比叡山坂本駅とケーブル坂本駅を結ぶ連絡バス

車両は「縁号」と「福号」の2両で、今回乗車したのはこの「福号」

総延長2025mある坂本ケーブルは現在日本で最も長いケーブルカーで、坂本駅の標高が170m、延暦寺駅の標高が654mで標高差484m、計算すると平均勾配は246‰(1mで24.6cm上る)でした。全線の所要時間は約11分で、途中「ほうらい丘」と「もたて山」の中間駅がありますが、これらの駅は「申告があれば停車」とのことで、この日は通過扱いでした。
また、ケーブル坂本駅舎、延暦寺駅舎ともに登録有形文化財となっており、特にケーブル延暦寺駅の2階は建設当時の写真を含む展示物があったり、ベランダからの眺望もなかなか良かったです。

駅舎2階の展望ベランダから琵琶湖大橋方面を望む
延暦寺とガーデンミュージアム比叡

ケーブル延暦寺で下車した後、徒歩数分の東塔バス停から比叡山頂バス停までバスに乗り(ドライブウエイなので徒歩通行は禁止)、延暦寺をスルーしてロープウエイとケーブルですぐ山を下りるという事も可能ですが、それはやっぱりあんまりやねえ・・・ということで、先ずは比叡山延暦寺にお参りをします。

ただ、延暦寺の最大の見どころ?というか、本堂である根本中堂は2027年末まで大改修中(改修中の屋根などは見学できる)なので、東塔、阿弥陀堂、大講堂でお参りし、萬拝堂にある「不滅の放蕩もとい法灯」にも手を合わせておきます。

参拝のあとは萬拝堂の階下にある坂本鶴喜蕎麦の支店?で食事。延暦寺は宗教施設なので、葷酒はまずいとは思いますが、観光地として見ると「食事が出来るのは蕎麦屋しか無いのか・・・」といった感じはありますね。

比叡山上ではバスで移動
偶々やってきたのは三条京阪から比叡山上まで直通の京阪バスだった 

お参りをして心身清められた?ので、午後は比叡山上バスで比叡山頂に向かいます。山頂バス停からロープウェイ駅に直行することも可能ですが、折角なのでガーデンミュージアム比叡に寄ることにしました。
ガーデンミュージアム比叡は、1959年にできた比叡山頂遊園地が元になっており、2002年に季節の花と名画の陶板画レプリカが楽しめる今の施設に改装されました。大津市内からでも目だつ円形の展望閣は遊園地時代からの施設で、昔は床が回転し、座って360°の視界を楽しめたそうです。
ガーデンミュージアム比叡になってからも既に四半世紀が経っているので、全体的に多少くたびれた感は免れませんが、延暦寺から来ると俗世に戻った安心感?もあり、カフェ・ド・パリという名前のカフェで、おフランスの雰囲気?で一服することもできます。

ガーデンミュージアム比叡にある、いかにも昭和の展望閣からは
少し霞んでいたが京都市内が見える
叡山ロープウェイとケーブルに乗車

いよいよ下山。先ずはガーデンミュージアム比叡のある、四明岳(しめがたけ)の叡山ロープウェイ比叡山頂駅から、叡山ケーブルと連絡する比叡駅まで下ります。このロープウェイはゴンドラ2つの交走式で全長486m、標高差136m。計算上の勾配は291‰で、所要時間は3分です。

この叡山ロープウェイ・叡山ケーブル共に嵐電と同じ京福電気鉄道の運営で、きっぷには同社の名前がありました。因みに以前は出町柳と鞍馬・八瀬を結ぶ叡電も同じグループ会社だったのですが、叡電は1986年に叡山電鉄として分離・独立し、今は別会社となっています。

ロープウェイは全長486mと短く、最初から先方に山麓側の比叡駅が見える

比叡駅では50m程歩き、少し階段を上がってケーブルカーに乗り換えます。
叡山ケーブルは延長1.3km、比叡駅と八瀬駅の標高差は561mと、日本一高低差のあるケーブルカー路線で、平均勾配は479‰(延長1300mとして計算)、最急勾配は530‰とあります。乗車時間は9分ですが、確かに乗車していると高度がどんどん下がるのが実感できました。
なお、叡山ケーブルカーの開業は1925年12月で、開業100年記念で2026年3月にロープウェイとあわせて内装がリニューアルされていて、とても綺麗な車内になっていました。

山上方面に向かう行き違いのケーブルカー
開業100年の副票が掲示されている
最後は「ひえい」で出町柳へ

今回の締めくくりは叡電の観光列車「ひえい」 
楕円は「神秘的な雰囲気」・「時空を超えたダイナミズム」とか。。。

初乗りのロープウェイ、ケーブルを乗り継いで、標高130m程のケーブル八瀬駅に無事到着。5分程歩いて叡電の八瀬比叡山口に向かいます。
同駅から出町柳までは僅か13分の乗車ですが、比叡山大横断?の締めくくりとして、叡電の誇る観光列車「ひえい」に乗ることにします。ロングシートとは言うものの、独立したバケットシート、縦長の楕円窓、落ち着いた雰囲気の車内と、電車を1本や2本やり過ごしても待つ価値はありました。(個人的意見です。。。)

なかなかおもしろかった比叡山横断

比叡山横断は、琵琶湖を眺めながら鉄橋やトンネルもある坂本ケーブル、急勾配で山頂から一気に下る叡山ロープウェイ・ケーブルと、2つの「日本一」のケーブルカーに乗車し、同じルートでの往復に較べ、変化に富んだ旅行が楽しめました。また、延暦寺やガーデンミュージアム比叡に加え、いずれのケーブルやロープウェイ、比叡山上バスも平日にも拘わらず外国籍と思われる観光客含めてそこそこの利用があったので、根本中堂の修復が終わればもっと賑わうかも知れませんね。
今回、私が行った坂本からのルートだと使えないのですが、叡電側からの乗車だとガーデンミュージアム比叡の入園券まで含まれる比叡山横断チケットがあり、たいへんオトクに楽しめますのでケーブルカー好きにはオススメです。(但し冬季は叡山ケーブル・ロープウゥイが運休になるので12月6日まで)

「撮り鉄」のリスクマネジメント?

山に登ったり海に潜ったりする趣味と比較すると、一般的には鉄道趣味はローリスクだとは思いますが、世の中一寸先は闇、石橋を叩いて渡るという事で、最近の「撮り鉄」リスクにについて考えてみました。

熱中症

必需品の日傘と水

とりあえず、昨今最も意識しているのはこれですね。5月に北関東に行った際も、2日程は最高気温が30℃を超えた真夏日だったりして、平均的には暑くなる一方なので、私の様な高齢撮り鉄はこの先特に注意が必要です。

イロハのイみたいに言われている水分補給は当然として、結構効果絶大なのが日傘です。帽子と違ってサイズが大きく上半身くらいはカバーされるし、頭と傘の間に空間があるので、相当嵩張る点を差し引いてもメリットがあります。
帽子にサングラス、カメラと三脚を肩から掛けて日傘をさした爺さん・・・というのは我ながらいささか異様な風体ですが、線路端で熱中症で倒れないためと割り切ることにしています。

クマ

このところ俄かにクローズアップされてきたのがクマのリスクです。
実は三陸鉄道の撮影をした際に「クマに注意」の看板がありましたし(この時は引用記事のとおり一応対策しました)、叡電の二ノ瀬で撮影した際も、撮影から帰る際に「クマ注意」の張り紙に気付きました。他にも高野山などで「クマに注意」の看板を見た記憶があります。
言わば昔からあったリスクという訳ですが、「正常性バイアス」で自分は大丈夫だと思っていたのが、昨今テレビでなどで人がクマに襲われる映像を見たり、亡くなったり大怪我をされたという報道に接して他人事ではなくなってきたということですね。ただ、最近はクマも少し態度?が悪くなったように思います。
ニュースを見ていると人の多く居る街中でもクマが出没したりするので、大丈夫と言える場所など無いのかも知れませんが、特に東北地方の新緑や晩秋、人里離れた山に近い場所での撮影・・・なんていうのは止めておいた方が無難そうです。

山形県 みどり自然課提供の令和7年度分のクマ目撃マップ
私が撮影した場所、撮影予定(雨で中止)した場所近くにもマークがあった・・・
地震

鉄道写真は屋外で撮影するのが専らなので、豪雨とか暴風時は最初から出かけないのですが、いつくるのか判らないのが地震。特に海の近い場所や海抜の低いところでは津波は怖いです。

この5月下旬に常磐線で撮影をしたのですが、5月中旬に宮城沖で地震があり、その後しばらく特別警戒の指示も出ていたので、この時ばかりは真面目に撮影場所の海抜や地震があった場合どこに逃げるか・・・などを考えていました。

カメラマークが撮影地点 取り敢えずは点線の経路で高台に・・・

撮影場所は恋瀬川流域の低湿地でなんと海抜-0.3m。恋瀬川は霞ヶ浦を介して海にもつながっているので津波がきたら危ないかもしれません。で、とりあえず大きな地震があったら赤点線のルートで標高25m程の神社の近くに逃げ、落ち着いたら矢印の場所にある避難所に行くことにしていました。今まで旅行で無事に帰れなかった事など無い訳ですが、今回も知らない土地で怖い目に合わなくて済んだのは神様のご加護だったと思っています。

クマや地震に逢わなくても道で転んで骨折など、外に出たら出たで何かとリスクはありますが、一方で家に籠っていたら籠っていたでフレイルのリスクもあり、そこそこリスクと折り合いをつけながら、これからも趣味を楽しみたいと思います。

田植えの済んだ北関東の鉄道を巡る-昔日編

ヨンサントオ(1968・10月)時刻表地図

今回は真岡鐡道になった旧国鉄真岡線と、未成線である長倉線関係をいつもの様にヨンサントオ時刻表で見てみたいと思います。

真岡線

当たり前ですが、当時は真岡線も水戸線も国鉄だったので、路線図では線路が繋がっていて黒線で表現されています。また後に少し記載しますが小山に東北本線上野方と水戸線を結ぶ短絡線があったことも分かります。

真岡線時刻表の一部 水戸線と一体化して掲載されていた

当時の真岡線の時刻表は水戸線と一体化して書かれており、真岡線内のみ運行の列車もあったのですが、朝夕を中心に小山からの直通列車が多く運転されていたことが分かります。また、真岡鐡道に転換直前の1988年4月1日に開業した下館二高前、1992年3月14日に新設された、ひぐち、北山、笹原田、天矢場の各駅はこの時刻表にはありません。
当時既に水戸線は電化されていて列車番号にMが付されていますが、真岡線は今も同じ非電化で、真岡線直通列車は気動車でした。小山から来た気動車は下館駅でスイッチバックし、真岡線に入っていったということになります。

ちょっと興味深いのは水戸線の小田林、東結城駅の両駅について、真岡線直通の気動車が全て停車している一方で、多くの水戸線の電車が通過していることです。昼の時間帯には停車する電車もあるのであくまで推測ですが、両駅は駅員無配置駅だったので、ワンマン運転などない当時、編成両数の多い電車(401系なのでおそらく4両)は混雑時中心に通過扱いにし、編成両数の少ない気動車や昼間の空いている時間帯の電車のみ、車掌が客扱いしていたのかも知れません。

もう一つ、小山の短絡線は本来は水戸線の貨物輸送を考慮したものですが、ここを通って水戸線に直通する急行列車「つくばね」がありました。気動車時代は真岡線まで直通もしていたようですが、電車化されたこの時期には下館以降は普通列車となる勝田行となっていました。(時刻表右端)

国鉄バス路線

もう一度巻頭地図を見て頂くと、真岡線の終点である茂木駅から、多くの国鉄バス路線が描かれています。

国鉄バス路線時刻表の一部 宇都宮~茂木~水戸の路線

上の時刻表は宇都宮~茂木~水戸のバス時刻表です。一条町というのは宇都宮駅の西、東武宇都宮や官公庁にも近い宇都宮市の中心部で、この路線は同じ栃木県に属する茂木と県都のつながりを表しています。
この路線の一部を引き継いでいたジェイアールバスの水都西線は2025年9月に廃止されたようで、今は真岡鐡道以外の定期運行の公共交通機関で茂木から宇都宮や水戸に行くルートはなくなりました。鉄道が無くなってもバスがある・・・という時代ではなくなりました。

また、この中に「長倉宿」を経由して水戸に向かう便が日に3本あり、ここには書かれていませんが一日1往復あった茂木から水郡線の常陸大宮を経由して常陸太田に向かう便と合わせて、未成線となった長倉線の輸送をカバーしていたと考えられます。未成線の代行バスという訳ですね。