撮り鉄ブログ

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ボロボロになった門扉ハンドルを綺麗に・・・

我が家の門扉ハンドル、設置後かれこれ35年以上経過し、下写真のように表面のクロームメッキがボロボロに剥がれてきました。 
住んでいる私も同様にボロボロに?なってきているわけで、気にはなっていたものの見て見ぬふりをして長い間使い続けていたのですが、あまりにも汚く、下手に触れると怪我をしそうなので、思いきって綺麗にしてみることにしました。

ボロボロになった門扉ハンドルと、その拡大写真
ハンドルを動かす際に手脂が付着するせいか、向かって右側は比較的綺麗・・・
作業方針を立てる

先ずは修復方針?を決定し、全体の構成を理解するために分解してみました。
ハンドルなどクロームメッキされた部品は、垂直面などは比較的マシとはいうものの大なり小なりメッキが剥がれているので、傷んだメッキを剥がして塗装することにします。メッキを剥がした後の凹凸を完全に無くすにはパテで仕上げる必要がありますが、「まあそこまでせんでもええやろ。。。」ということで今回は割愛します。
一方で矢印のステンレス部品は錆びも発生していないので金属磨きで汚れを落とすだけにします。 

分解するとこんな感じ 大半は金属鋳物にクロームメッキだが
一部黄色矢印のパーツはステンレス製
塗装前に下地を整える

クロームメッキされた部品については、塗装前に下地を整えます。

  1. #240のサンドペーパーで剥がれたメッキを落とし、表面を滑らかにする
  2. #800のサンドペーパーで全体を擦り、塗装の食いつきを良くする「足付け」をする
  3. 最後に中性洗剤で綺麗に洗って、良く濯ぐ

剥がれたメッキが飛び散るわ、手も真っ黒になるわで、この工程が一番大変でしたが、あまりに手が汚くてカメラに触れるのも憚られたので、この悪戦苦闘については写真無しで想像して下さい。

備えあれば憂いなし・・・塗装治具作成

下地処理が終わるといよいよ塗装ですが、その前にハンドルなど、そのままだと「掴みどころがなく」塗装がやりにくそうなので、空き箱などを使って塗装治具?を作成してみました。ここでちょっと手間を掛けたので、塗装がぐっとラクになりました。

ハンドルなどの複雑な形状の部品を
いろいろな方向からまんべんなく塗装するための塗装治具
いよいよ塗装

左が下塗り用のアサヒペン メタルプライマー スプレー(100ml)
右はアサヒペン 油性シルバーペイント 鉄部用スプレー(300ml)

元がクロームメッキで塗料の食いつきが悪いので、先ずはアサヒペン メタルプライマーで下塗り(透明)します。 下塗りのあとは3時間程乾燥させて、同じくアサヒペンの油性シルバーペイント 鉄部用スプレーで銀色に塗装します。 シルバーペイントはさらに1日おいて、2度塗りして塗装は完了です。 
下の写真は塗装・乾燥後の部品を借り組みしたもの。パテ仕上げをしていないのでメッキが剥がれた跡の凸凹は見えますが、遠目には随分綺麗になりました。また、ハンドルなどの可動部分にはこの段階でシリコングリスを薄く塗布しておきます。

ここまでくると、後は取付を待つばかり
取付作業完了

最初の写真と比べると随分綺麗に!

今回は作業開始後に雨の日が多く、着手後12日目にようやく取付完了。積年放置されていた錆びやボコボコ、トゲトゲが綺麗になり、門を通るたびに「よしよし」といった感じで自己満足度の高いDIYとなりました。
久しぶりのスプレー塗装も面白かったので、またどこか塗装したくなってきた。。。

はじめての高齢者講習

この証明書が無いと運転免許証の更新ができないそうな。。。

あと数カ月で運転免許の更新なのですが、公安委員会から「高齢者講習のお知らせ」というのがきたので、指定された自動車教習所に行ってきました。およそ50年ぶりの教習所なので、前夜はロクに眠れず・・・という程デリケートな性格ではありませんが、多少の緊張感を持って参加してきました。

今回の講習は、①お決まりの最近の交通事故の傾向や最近の道路交通法の改正点といった座学が30分、②視力・動体視力・夜間視力・視野角などの確認をする適性検査30分、③最後に実車指導約20分(順番待ち時間入れて1時間)という流れでした。
視力全般はまあまあ年齢相応といったレベルで一安心、今回のメインイベント?の実車指導については、多少難易度が高いのは段差乗り越え(アクセル操作後直ぐにブレーキ操作)ぐらいで、縦列駐車やクランク・S字といった難儀な課題は無く、多少慎重に?運転をしたら、指導員の方から「良いと思います」と言っていただけ、無事終了しました。

70歳を過ぎると免許証の更新の都度、実車指導を含むこの高齢者講習が必須で、75歳を過ぎるとこの前に認知機能検査がさらに加わるという流れになるようです。まあ高齢者が起こす事故は比較的多いので、これくらいは仕方ないですが、否応なく「老い」を実感させるプロセスではありますね。。。

過ぎたるは・・・AIに諫められてホドホドの筋トレを

 

山登りをする訳ではないですが、元気に歩けなくなったら「撮り鉄」はもちろん「乗り鉄」にも支障が出そうなので、大津市主催の教室で学んだ、ストレッチと軽い筋トレで構成された「高齢者向け介護予防体操」を、今年の1月から家人と励まし合いながら続けています。(半年以上も続けるなんて、我ながら褒めてあげたい!)

ただ、この種の軽い運動でも、続けるているうちについつい頑張って、スクワットの負荷を増やそうとダンベルを持って続けていたら、階段を上る時に膝が少し痛むようになってしまいました。オーマイ。。。

そこで、AIに「70代の男性がこんなことをやったら、ちょっと膝が痛むんですが、なんでですかね?」と聞いてみたら、「それはもう、年寄りの冷や水以外の何物でもおまへんわ」と、もちろんAIはそんなえげつない言い方はしないのですが、はっきり指摘されてしまいました。

AIの言いつけを守り、年齢相応に負荷と運動量を減らし、お休み日も入れたら膝の痛みも無くなって快調に。まあ、いろいろと懸念もあるし、テキトーな嘘もつくAIですが、今回はお役に立ってくれました。

東海道線関ヶ原付近の勾配について調べてみた

関ケ原~大垣付近の東海道線と立体地形図

本館写真のキャプションに書いた様に、大垣と関ヶ原の間の東海道線には垂井駅を経由する路線(以下本線)と、勾配緩和の為に1944年に敷設された迂回線があります。今回はこの2つの路線について、比叡山大横断の記事と同じように地形図で調べてみました。

大垣方の分岐点、南荒尾信号所~関ヶ原駅間の本線(青)と迂回線(赤)の勾配比較

国土地理院の地形断面機能を使って路線断面を見てみると、青色の垂井経由の本線は、赤色の迂回線との分岐点である南荒尾信号所から垂井駅付近までは、せいぜい10‰程度の比較的緩い勾配ですが、垂井駅から関ヶ原駅までは25‰の勾配が約5kmも続いています。
一方で、赤色の迂回線は南荒尾信号所から関ヶ原駅までを約10kmの連続した10‰勾配で結んでいることが分かります。全体の距離も本線と比較すると3km程長くなり、「距離で稼いで緩い勾配を上る」路線になっている訳です。

貨物列車の輸送力で見てみると、主にEF210形電気機関車がけん引している、現在の東海道線の貨物列車の牽引定数は1300t(コンテナ貨車約26両)ですが、これが25‰になると半分以下になってしまい、山陽線にある通称セノハチの急勾配区間の様に、補助機関車が必要となり、大きく輸送力が削がれることになるようです。被写体としてはそれなりに魅力的だとは思いますが。。。

終戦直前に突貫工事で作られた緩勾配の迂回線が今も日本の動脈を支えている訳ですね。。。

北陸・東海道線 撮影+伊吹山文化資料館訪問

虎御前山展望台からの西側景色 画面中央少し下の斜め線が北陸線
手前の木々をもう少し剪定しておいてくれたら有難かったが・・・

折角なので伊吹山を望む東側の景色も・・・ 目障りな斜め線は高圧電線
先ずは虎御前山展望台から

いつもの撮影行は電車+徒歩が専らですが、今回は関ヶ原や後述の伊吹山文化資料館にも立ち寄りたかったので、車で出かけることにしました。

最初に向かったのは織田信長による浅井長政居城、小谷城攻めの拠点となった虎御前山です。今回の撮影地の展望台は麓にある駐車場からは徒歩10分足らずで、舗装された道を歩くだけですが、2km程北の小谷城付近ではクマの目撃情報もあるので、念のためクマ鈴アプリを鳴らし、熱中症予防の日傘を差し、さらに帽子・サングラスの怪しい姿で向かうことにします。

北陸線のローカルには521系も活躍
湖西線近江今津・北陸線長浜~敦賀間で運用されている

北陸線の見える展望台西側は、樹木が伸びているのと線路脇の雑草でいささかカメラアングルに制限はあったものの、列車の遅れも運休も無く、田圃も黄金色に色づき始めていて概ね期待していた写真が撮影出来ました。撮影中気が付いたのですが、交流区間が「ハピラインふくい」に移管された現在も、JR西日本の交直流対応の521系が普通列車の一部に運用されているのですね。これは敦賀電化に際して福井・滋賀両県がお金を出していることにも関係しているようです。

途中にある矢合神社 鳥居右側に弓矢を持ったモニュメントが・・・

なによりクマにも遭遇せず、まずまずの撮影が出来たので、帰路には矢合(やあい)神社で神様のご加護に感謝しておきます。

旧東海道線跡を辿って関ヶ原へ

さて、虎姫から関ヶ原へは国道365線を通りますが、このルートは関ヶ原から米原ではなく長浜に向かっていた1883年部分開業当初の東海道線と重なります。(長浜から関ヶ原への旧東海道線については本館の資料室関ヶ原線調査レポートとしてまとめてあります) 
このルートは25‰の勾配が続き、車はもちろん昨今の電車であれば難なく越えられる峠道ですが、開業初期の非力な蒸気機関車でこの坂を超えるのは大変だっただろうな・・・と遠い明治に思いを馳せながら関ヶ原へ向かいます。

関ヶ原ではGoogleのStreet Viewで当たりをつけた、岩手地区府中地区の2カ所で撮影、Street Viewでは稲穂が見えていた田圃が畑や休耕地になっているといった、昨今よくある?アクシデントはあったものの、こちらも概ね予定通りの撮影ができました。

ところで、岩手地区は秀吉の軍師であった竹中半兵衛ゆかりの土地で、駐車場の近くには竹中氏の陣屋正門がありました。案内板によると竹中半兵衛自身が居たのは2km程山手の菩提山城だったそうですが、嫡男の代になって山城を廃してここに陣屋を構えたということのようです。信長や秀吉の時代になって世の中変わったという事かも知れませんね。

竹中半兵衛の嫡男が構えた陣屋正門 今は小学校の門として使われている

午後になって気温も35℃近くなり、人気の無い田圃の脇で熱中症で倒れても誰も気づいてくれそうもないので、命あっての物種、そこそこで撮影を切り上げ、最後にこの記事で紹介した米原駅 井筒屋さんの関係資料が展示されている企画展を見に行くことにします。

春照(すいじょう)の伊吹山文化資料館へ

春照にある伊吹山文化資料館では、昨年廃業した駅弁の井筒屋の資料や汽車土瓶が米原市文化財に指定されたことを記念して「風味・風土・風景」を感じる駅弁と称して企画展が開催されています。(9月13日まで) 今でこそ北陸新幹線の開業などでジャンクションとしての役割は小さくなりましたが、米原市は「鉄道のまち」として発達してきたのですね。

企画展では井筒屋さんにあった様々な駅弁に関する資料や昔懐かしい駅弁の包装紙、米原駅で廃棄されていた各地の汽車土瓶など、なかなか面白かったです。こういったものが文化財として認定されるという事は、我が家のガラクタにも多少は価値があるかもしれませんね。。。

時代を感じさせる、様々な駅弁包装紙

「駅弁が不味い」という米原駅長宛のクレーム葉書も(画像加工)

撮り鉄ギャラリー本館リニューアル

今回はメニュー構成の見直しを実施

この記事の中でも時々「本館」としてご紹介している、私のHPのリニューアルを行いました。猛暑の中、撮影行もちょっと辛いので、冷房の効いた部屋でできる・・・といった意味合いもありますが。

このHPは、20年ちょっと前にデジタル一眼レフを買って鉄道写真撮影を再開したことがきっかけになっているのですが、当初の撮影対象は阪急、阪神、京阪、近鉄、南海の5私鉄と湖西線など近場のJRが中心で、メニュー構成もそれに従ってものとしていました。また、たまに遠征して撮影した写真は、旧国鉄ローカル線を引き継いだ「第3セクター」と、「その他の私鉄」に分類していました。

ところが、この20年の間に5私鉄の沿線では宅地化の進展や耕作放棄地の拡大があり、最も身近な湖西線ではほぼ全線にわたって防風壁が設置されるなど、沿線風景中心の私にとっては撮影環境の悪化が進みました。従って、撮影対象がこれらの路線以外に次第に拡大し、多くの新しい写真が「その他の私鉄」などに集中するようになってしまいました。

今回リニューアルされたメニューは

  1. 在版私鉄はホールディングスやグループ企業で統合 例:①阪急と阪神・神戸電鉄・北大阪急行、相互乗り入れしている山陽電鉄、②京阪と叡電・嵐電
  2. JRについては新たな写真の少なくなった湖西線をJR西日本に統合
  3. 「第3セクター」と「その他の私鉄」を、北海道・東北、中部・北陸・関東、近畿・東海、九州・四国の地域ごとに再編

としました。特に「第3セクター」と「その他の私鉄」については、各社経営形態が様々で自分でも分類の際混乱していたので、地域という分かり易い切り口で再編したつもりです。
また、今回のリニューアルに併せて、横:縦=4:3の写真が一部に残っていたものを、全て横:縦=3:2のものに差し替えました。(縦位置の写真についてはそのままです)

約20年を総括すると

  1. 撮影機材は大幅に進化(価格も上がったけど。。。)
  2. ホームページ制作技術は多少進歩
  3. 撮影の腕は「上達した」とは言い難いが、多少は失敗から学習
  4. 身体老朽化による体力低下

といったところですが、取り敢えずギャラリーを更新し続けることが出来ているのは神様のご加護・・・だと感謝しています。

 

豊臣兄弟トークショーと今津散策

トークショーのバックスクリーン

家人が「大河ドラマ『豊臣兄弟!』トークライブin高島・大溝」というイベントに応募・当選したので、高島市の今津にある高島市民会館まで行ってきました。実はこの種のトークショーには「光る君へ」(吉高由里子さんと見上愛さん)の時も当選したので、なかなかの強運! 持つべきものは良きパートナーということですね。

さて、今回の出演者は明智光秀役の要潤さんと織田信澄役の緒形敦さんのお二人で、時代背景やドラマの役作りなど、なかなか面白いトークショーでした。まあ、NHKさんのことですから、このトークショーも何らかの番組で放映されるでしょう。。。

で、折角今津まで出かけたので、開演までの時間に、例のBIWA-TEKUアプリでスタンプラリーにも挑戦してきました。
滋賀県人が集まると「締め」は「琵琶湖周航の歌」という程、今は県民歌の様になっている琵琶湖周航の歌ですが、この歌の誕生の地とされているのが今津で、資料館や記念碑がBIWA-TEKUのチェックポイントになっていまた。

竹生島航路のある今津港桟橋に隣接した、琵琶湖周航の歌 記念碑

付近の側溝の蓋も、三校ボート部のデザインだった

また、今津は大正から昭和の初め、日本海方面や湖上交通の結節点として繁栄し、当時の有力者が設計を依頼したウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築物が残されていて、これらもチェックポイントになっていました。

ヴォーリズ資料館兼カフェとなっている、旧百卅三銀行今津支店

日本基督教団 今津教会 今は幼稚園としても使われている

旧今津郵便局 地元で活用方法を検討中とか。。。

暑かったけど、よく頑張りました💮