2015-01-01から1年間の記事一覧
入手に一年掛かった東京駅開業100周年の記念Suica年末になって、すっかり忘れていたJR東日本東京駅開業100周年の記念Suicaが送られてきました。 記念Suica販売で大混乱が起きたのは昨年の12月20日、その後ネット受付でなんと500万枚近くも販売されたようで、…
左が富士通Arrows M02、右が文鎮になってしまったASUS Zenfone5 この記事でも紹介した我が家のZenfone5、あの記事の後も家内の分は不調が続いて、補償期間内とはいえ二度も修理センターを往復することになりました。 ところがそうこうするうちに今度は私の分…
輸送密度(一日当たりの乗車距離〔km〕×人数)が500に満たない、赤点線で示された「お客様が少ない線区」が総路線長の36%もあるJR北海道平成27年度第2四半期決算報告書から 11月にJR北海道から発表された第2四半期の決算報告に、「お客様が少ない線区の収…
自作ダイヤグラム。 南大阪線の休日の特急列車ダイヤで赤いスジはさくらライナーを表している。 ここに駅間距離に比例した通過地点を横線で入れればおおよその通過時間が判る。早いもので12月。 紅葉の季節もそろそろ終わりです。 今年は電車&紅葉を期待し…
第一疎水入り口。 伊藤博文の「気象萬千」の扁額は有名だが、その上に SAKURO TANABE DR ENG ENGINEER IN CHIEF WORK COMMENCED AUGUST 1885 COMPLETED APRIL 1890 と書かれている。 琵琶湖疎水の工事総監督をした田邊 朔郎は、完成時若干28歳だった。滋賀県…
越市長の挨拶 この会の事業には関心が低いというのが専らの噂だが、選挙が近いせいか今回は満面の笑みだった。11月15日は所属している「大津の京阪電車を愛する会」の設立10周年のイベントでした。 この「愛する会」は京都地下鉄東西線の開業に伴う御陵から…
県政資料室の資料にあった全体図 この他に詳細な実測平面図と断面図があった。琵琶湖を巡る鉄道史勉強会という集まりで、滋賀県庁の県政資料室に名古屋急行の路線調査に行って来ました。 名古屋急行というのは昭和の始め、大阪から山科、大津を経由して名古…
オリジナルの固定イメージ(左側)。 右側も寸法は若干異なるがほぼ対称の構成。 本体側の蝶番は端部の1か所が天板と共締め、残り2箇所は底カバーに固定されている。 ヒンジ金具の垂直部分の奥に蝶番の連結軸がある。自宅にあるLenovo G570の蝶番部分が壊…
旧唐津銀行。 東京駅を設計した辰野金吾が設計監修をした。北海道旅行中はほぼ連日5時起きだったので、今回は多少ゆっくりして、途中、写真の旧唐津銀行に寄り道しながら9時の開館時間に合わせて唐津城に向かいます。 この唐津城は1966年の建設で、実物に関…
博多駅でこだまから変身?した博多南線731列車。 博多南線は運賃200円、特定特急料金100円。 300で円で新幹線で通勤できるのはちょっと羨ましい。スタートは博多南線です。 今回乗車した列車は博多までは下りこだま731号で、上りこだま744号で折り返す間合い…
いつものヨンサントオ時刻表 筑肥線は博多〜伊万里を結ぶ一本の路線になっている。現在の時刻表 筑肥線は姪浜〜唐津、山本〜伊万里の二つの路線に分割されている。10月上旬に北海道に行ったというのに、翌週には福岡出張という神様のご加護としか言い様のな…
いつものヨンサントオ時刻表 1968年こちらは2015年3月時刻表この50年の北海道の鉄道の変化を最も端的に表しているのが、上の2枚の鉄道地図です。 もう50年近くも昔・・・と言えばそれまでですが、全道を網の目の様にカバーしていた鉄路は、主要な幹線の他は…
標高1,308mのニセコアンヌプリ。 ニセコアンは「切り立った崖(の下を流れる川)」、ヌプリは「山」の意だそうだ。 手前中央に見えている白壁のタワーのあるのがニセコ駅。最終日は函館本線のいわゆる「山線」と、砂原支線とも言われる渡島砂原(おしまさわ…
夕張駅。 後ろの尖塔のあるのが駅舎兼観光案内所兼喫茶店。 写真に風は写らないが、この時はバス停の標識が倒れる程の風が吹いていた。3日目。 テレビでは爆弾低気圧の影響で大荒れの天気なので不要不急の外出は控えるようにと再三再四言っていたのですが、…
終着駅増毛(ましけ)。 右側が駅舎で駅舎の上には増毛灯台も見える。 この旅行を思い立ったのは7月頃だったのですが、8月10日にJR北海道から留萌線末端区間廃止の通告があり、留萌本線は「今回乗っておかなければならない」路線となりました。北海道の鉄道…
札沼線は北海道医療大学以南は札幌近郊区間として2012年に電化され、721、731、733系などの電車が走る。昭和レトロ(老朽化というと身も蓋もないが、モノは言い様)の客車急行でノスタルジーに浸った夜が明けて、いよいよ北海道内乗り鉄の開始となります。 …
来春の新幹線函館開業で廃止が決まっている最後の夜行急行「はまなす」。 後ろの青いタワーは青森ベイブリッジで、 長いホームはベイブリッジより北側にあるかつての連絡船跨線橋まで続く。 9月末から10月上旬にかけて「はまなす」に乗って北海道に行き、札…
9月26日の土曜日、大津まちなかバル&マルシェというイベントに行って来ました。 このイベントは浜大津周辺の飲食店や商店が、一枚600円のチケット(前売りは5枚で3000円、当日券は1枚700円)で特別なフード+ドリンク、又は商品を提供するというもので、私…
稲穂+彼岸花+特急電車の撮影をしていたらトンボが飛び入り(画面右上) シルバーウィークのお休みにも写真撮影に出かけたので、今年は長谷寺、貴生川、高槻、三山木と四週続けて黄金色の稲穂と列車を楽しむことが出来ました。 電車の写真は早速本館の方に…
新大阪始発の「こうのとり」などは向日町からの回送となる。 運よく引退間近の381系の回送との離合シーンが撮影できた。 遠景の山は天王山。 ここは高槻と島本の間にある槇原という場所で、京都〜大阪間で田圃+列車の撮影が出来る恐らく最後の場所だろうと…
草津線の築堤と杣川の堤防に挟まれた場所に黄金色の水田が広がる。 先週に引き続いて「黄金色の稲穂」の撮影に出かけてきました。 この日は午後地域の集まりがあったので、午前中の時間帯で行ける場所を物色し、草津線の貴生川〜三雲間に決めました。 このあ…
湖西線 北小松 - 近江舞子にて。 ここでの撮影は初めてだが概ね思ったような場所で先ずは及第点。 なんと二か月ぶりに鉄道写真の撮影に行って来ました。 暑さなんぞを言い訳にすっかりご無沙汰だったのですが、こんなことではいけない(?)と、快晴に背を押…
左端我孫子会長の挨拶。 子ども相手のこういう挨拶は手短・簡単が一番。 今日は大津の京阪電車を愛する会の感謝祭で、会員限定で京阪電鉄大津線錦織車庫の公開があり、一応お手伝いのボランティアスタッフとして参加してきました。 私自身の感謝祭へのボラン…
飯田線 三河槇原〜湯谷温泉を走る80系電車 撮影は1981年例年にも増して厳しい暑さが続きますが、流石にこの炎天下では撮影という気力も無く、冷房の効いた部屋で昔のフィルムのスキャンをしていたら、飯田線の写真が出てきました。 撮影当時の飯田線は旧型電…
昨年、後の祭りと共に復活した大船鉾 後祭の山鉾の中では一番人気のようだ 昨年は天神祭りの余りの人出に正直閉口したので、今年は祇園祭、それも後祭(あとまつり)の見物に行って来ました。 ご存じの様に祇園祭は昨年から前祭(さきまつり)、後祭の二つに…
ASUSのzenfone5。家内の分と私の分と2台あるので、いざという時は比較できて便利。 スマホは便利なので依存度が高まり、使えない時のインパクトは結構大きい。 私の運が悪いのかどうか判らないのですが、このブログでも結構パソコンの不調や故障の話が出てき…
「撮り鉄ギャラリー」で検索するとトップに出てくる。嬉しいなあ。。。 自分のHPはお気に入りとかブックマークに登録しているので、普段は検索することは無いのですが、偶々Googleで本館の「撮り鉄ギャラリー」を検索したらなんとトップに出てくることに気が…
261系甲種回送列車。兵庫の川崎重工で製造されたキハ261系の車体を、艤装の為新潟トランシスまで回送する。 日曜日、大山崎山荘美術館とサントリー山崎蒸溜所に行ってきました。 もちろんこの2か所が当初の目的だった訳ですが、最後に写真のJR北海道向け特…
大畠から大島の小松港まで国鉄の航路が書かれている昭和43年10月時刻表 大島には国鉄バスの路線網がある。 芸備線の時と同じように、今回の乗車区間について少し「昔」を振り返ってみることにします。 前回同様ヨンサントオ、即ち昭和43年(1968年)10月1日…
小野田駅の停車中の小野田線クモハ123。 「え〜 たった1両?」という程混雑していた。 もともと荷物電車の改造なのでちょっと異様な外観だが、まっ黄色に塗られると際立つ。 その1に書いた様に今回の主目的の一つであった「本山支線乗車」「長門本山駅下車」…